ズバリ!先読み日本経済

新刊:『ズバリ!先読み 日本経済』について

アメリカ発“世界大恐慌”の到来?

ほんの1年前まで1万8000円台をつけていた東証の日経平均株価は、一時的にせよ9000円を大きく割り込んでしまいました。
ガソリンや食料品の大幅な値上げが家計を直撃し、「日本経済」の危機が声高に叫ばれるようになっています。

一方、アメリカ経済はどうでしょうか。サブプライムローン問題を端緒に、米証券4位のリーマン・ブラザーズが経営破綻、米保険最大手AIGに対する政府の公的救済と、こちらも混迷を深めています。
そして、この金融不安はアメリカのみにとどまらず、いまや世界的な金融危機の様相を強めてきました。
ほんとうに、アメリカ発の“世界大恐慌”は到来するのでしょうか。


小泉・竹中改革が“諸悪の根源”なのか?

いま、日本中に竹中批判が氾濫しています。
書店の店頭には、竹中批判本がズラリと並び、ベストセラーになっています。
政治家は、構造改革を放棄すべきだと口々に叫び、テレビに出てくる経済学者、エコノミストも、判で押したように、竹中平蔵氏を攻撃します。

小泉純一郎に竹中が吹き込んだ「新自由主義」が格差を生み、拡大し、固定した。地方を衰弱させたのも構造改革のせいだ、と。
小泉・竹中コンビが、日本を衰弱させた“諸悪の根源”だと日本中から批判、非難されています。

ほんとうに小泉・竹中改革が“諸悪の根源”だったのでしょうか?
もしそうなら、「不況」「格差」「貧困」「スタグフレーション」は構造改革を放棄すれば、解決するのでしょうか?

この本では、いま世界で起きていること、日本経済の問題点をズバリ先読みしています。

サブプライムローン問題の本質は何か。リーマン破綻とAIGの公的救済がどのような影響を及ぼすのか。日本経済はこれからどうなるのか。竹中氏が論旨明快に、ズバリ先読み、深読みします。

この本では、田原総一朗氏が竹中平蔵氏を徹底的に追及します。

テレビでお馴染みの田原氏が舌鋒鋭く竹中氏を追及します。「構造改革が日本を悪くした」と思っている方も、この機会に竹中氏の言い分に耳を傾けてみてください。意外な真実が見えてくるかもしれません。

この本では、「こうすれば日本は必ずよくなる」という処方箋が明確に示されています。

日本はこのままアメリカとともに破滅に向かうのでしょうか。いまできることはあるのか、それはなぜかを竹中氏が具体的な提案とともに説いています。ぜひ「反竹中」の論調と読み比べてください。



小泉改革のキーパーソンが語る
 日本経済再生の処方箋

田原 総一朗

あれは三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券などが相次いで破綻し(1997年)、深刻な金融危機が日本を襲った橋本龍太郎内閣の時代だった。ある日私は、当時自民党幹事長だった加藤紘一さんに「これほど日本経済が難しいときもないが、われわれ政治家は、どうも経済に明るくない。田原さん、経済学者を何人か紹介してくれないか」と頼まれた。そこで私は、これはと見込んだ学者を加藤さんに引き合わせ、一緒に話を聞いた。都合7回、7人と会って、二人で経済学の講義を受けたわけだ。
 このとき、加藤さんと私の意見が一致したのは、居並ぶ経済学者のなかでは竹中平蔵さんが、断トツにわかりやすく、筋の通った解説をしてくれたことだった。実現はしなかったが、加藤さんは、もし自分が首相になったとしたら、なんとしても竹中さんを大蔵大臣にしたいと、しきりに口にしていた。
 私自身の経験をいえば、これまで私は数十人の経済学者やエコノミストにインタビューし、じっくり話を聞いたことがある。いずれもビジネスマンなら誰でも名前を知っているような気鋭の専門家だが、なかでも竹中平蔵さんの説明のうまさ、論旨の明快さは群を抜き、まさに絶品だった。
 その竹中さんは、2001年4月に発足した小泉純一郎内閣で、経済財政政策担当大臣に就任する。以来、金融担当大臣・経済財政政策担当大臣、内閣府特命担当大臣(金融経済財政政策)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)・郵政民営化担当、総務大臣・郵政民営化担当と、06年9月の小泉退陣まで、一貫して経済・財政・金融・郵政民営化を取り仕切った。
 だから、小泉政権の構造改革を実行したのは竹中さんといっていい。とくに不良債権処理と郵政民営化は、首相から事実上、丸投げされたも同然だった。いわゆる抵抗勢力のみならず、銀行や郵便局を集票マシンと頼む自民党議員たちから、さんざん罵倒されボロクソにいわれながら、竹中さんは、二つの大仕事を見事にやってのけた。
 ところがいま、竹中平蔵さんは、小泉純一郎・元総理と一対の存在として、日本中からすさまじい批判の対象、非難の的になっている。日本経済を悪くした張本人は竹中と小泉だ。小泉に竹中が吹き込んだ「新自由主義」が格差を生み、拡大し、固定した。地方を衰弱させた小泉・竹中コンビは、いまや日本全体を衰弱させようとしている……。書店の店頭には、そう主張する竹中批判本がズラリと並ぶ。テレビに出てくる政治家や、経済学者、エコノミストも、判で押したように、口を極めて竹中さんを攻撃する。
 私は、そんな竹中さんに、このうえなく強い関心を抱いた。
 というのは、竹中批判の論者は、ダメというばかりで、何ら具体的な対案を提示しないからだ。悪いのは小泉・竹中の構造改革と断定する以外、では、どうすればよかったのかも、日本経済を今後どう舵取りしていくかも、何一つ語らない。せいぜい見え隠れする主張らしきものは、時代遅れで貧弱な社民主義路線くらいが関の山だ。
 当然ながら竹中平蔵さんは、批判のための批判などものともせず、毎週のようにアメリカ、ヨーロッパ、アジアなどに出かけ、各国の政治・経済を指導するキーパーソンたちと熱い議論を重ねている。そんな前向きでアクティブな姿勢を貫く竹中さんに私は、90年代の金融危機のときのように、日本経済について明快に、とことん過激に語ってもらいたいと思ったのである。
 おりしも世界経済は、2007年夏に噴出したサブプライムローン問題で足許を大きくすくわれ、さらに原油高騰が拍車をかけて、混迷を深めている。全米4位の証券会社リーマン・ブラザーズは経営破綻し、米保険最大手のAIGは米政府の公的救済を受けた。国際金融界は危機に瀕し、各国はスタグフレーション(不況下のインフレ)の猛威にあがいている。
 日本経済も、ほんの1年前まで1万8000円台をつけていた東証の日経平均株価が1万2000円を割り込んでしまった。一方、ガソリンや食料品の大幅な値上げが家計を直撃している。この深刻な経済危機に対して、大変だ大変だと叫ぶ声は氾濫しているものの、何をどうすればよいかという具体的な提案は、容易に発見できない。いったいどういうわけだろう。
 一つの大きな理由は、経済学者やエコノミストたちに〝勇気〟が欠如しているからだと、私には思える。事実、経済がよくないのだから、世界や日本の悲観論さえブチ上げておけば、安全な立場に身を置くことができる。小泉・竹中のせいで悪くなったところに、サブプライムと原油高が押し寄せてお手上げといえば、自分たちの責任ではなく、他人事で済む。いま、危機からの脱却を模索し、新しい経済のあり方を主張していくことは、彼らには、きわめて危険な行為に違いない。
 しかし私は、じつは今こそ、日本を含めた世界経済にとって、絶好のチャンスなのではないかと考えている。たとえば原油価格は長く低価格で安定してきたから、代替エネルギーの研究開発がなかなか進まなかった。原油高騰を、逆にチャンスととらえる逆転の発想が肝心なのだ。経済のさまざまな分野、さまざまなレベルで、そのチャンスをつかむことができるはずだ。古いビジネスモデルにこだわり、前を向いて挑戦しないから、後ろ向きの批判や悲観論しか出てこないのである。
 戦後の3番目の長期政権となった小泉内閣で足かけ6年、経済担当を一手に引き受けてきた竹中さんには、しがらみやこだわりなど微塵もない。もともと論旨明快なうえに、何も恐れるものがないのだから、日本経済の問題点を洗い出し、その先読みの仕方を聞くのに、これほどの適任者は見つかるまい。
 そこで、竹中平蔵さんに、サブプライム問題や原油高騰にどう対するべきか、日本は構造改革を放棄してよいのか、小泉改革に学ぶべきことは何か、日本経済再生のためにどんな処方箋が必要かを、徹底的に問うた。



対談を終えて

竹中 平蔵

いま、日本は本当の意味での岐路に立っている。
 日本経済は非常に強いもの――技術力、資本力、人材など――をいくつも持っている。だからこそ、日本は20世紀の世界史に残る経済発展を遂げることができた。ところが、90年代以降、その力をうまく活用できない仕組みになってしまった。同時に、グローバリゼーションという大きな問題に直面した。この未経験の非常事態に際し、欧米や、中国をはじめとするアジアの国々は覚悟を決めて、必死になって頑張らなければいけないと気づかされた。
 90年代、日本の経済が低迷したのには、いうまでもなく様々な個別の理由があった。だが、その最大の要因は、このグローバリゼーションという新しい動きに対して、日本国民全体が認識を誤っていたことにあると私は思う。
 たとえば、97年に通貨危機を経験した韓国は、グローバリゼーションの重大性を思い知らされた。彼らはこのままでは風に舞う木の葉のように翻弄されてしまうと怖れ、グローバリゼーションのさなかでも揺らがない、しっかりとした仕組みを作っていかなければならないと必死に取り組んだ。
 韓国で生き残った企業はみんなグローバル企業になった。そして、グローバル企業で通用する人材に育てないと子孫の未来はないと考える親たちが、子どもの英語教育に熱心に取り組んだ。経済的に余裕がある家庭は小中学生のころから子どもをアメリカに留学させている。いま、アメリカの小中学校で留学生の比率がもっとも高いのは韓国である。そこで、母親が子どもと一緒にアメリカに行くため、父親がひとり国内に残るという「逆単身赴任」なる現象が起こり、社会問題にまでなっている。
 90年代から今日にいたる日本経済の最大の問題は、国全体がグローバリゼーションを過小評価していることである。景気が悪くなってもなんとかなるだろう、日本にはトヨタと松下があるから、そういう大企業が税金を払ってくれて、それを少し回してもらえばいいという思いが、程度の差こそあれ、社会全体に根付いているように私は感じる。
 それでも2001年には危機感を抱いたのか、小泉さんが「痛みをこらえて改革を」と訴えたとき、国民はそれを支持した。
 ところが、改革が功を奏して経済がちょっとよくなってくると、もう改革はほどほどでいいのではないかという声が上がりだした。改革の負の部分をことさらあげつらい、「つながり」や「温かさ」などを基調とした政府のサービスを増やすように主張し始めたのである。いまの経済界がいい例で、改革の必要性を唱えながら、大規模な経済対策を主張し、自分の業界の予算獲得、つまり「おねだり」に奔走している。
 本来なら、政治リーダーが、いまこそ痛みをこらえて改革をやっていくべきだと言わなければならない。にもかかわらず、小泉さん以降の政治家は、そういうことを言わない。
 構造改革の結果、地方が悪くなったとか、格差が広がったとかいう、まったく根拠のない議論がメディアを中心に横行している。これは、改革を嫌って「おねだり」をするだけのメンタリティの反映だと思う。
 地方経済が疲弊したのは、グローバリゼーションが進んで地方の企業が海外に出て行ったからであり、日本の農業が国際的に負けたからである。90年代以降、格差拡大は世界中で進行してきている。グローバリゼーションでフロンティアが開かれた結果、そこで高い収益をあげる人と、そこから転落する人とに大きく分かれたからである。
 もちろん格差はないほうがいい。このグローバリゼーションのなかで格差を減らすには、地方の人も低所得の人も勝てるような仕組みをつくる必要がある。そのためには構造改革をするしかないのである。ところが、小泉改革をしたから経済が悪くなったと言い始めると、日本が復活する唯一の道が断たれてしまうことになる。
 こういうふうに考えてはどうだろうか。地球温暖化もグローバリゼーションもある要因で起きているが、その時期はほぼ重なっている。そして、格差問題の顕在化と小泉改革がたまたま同じ時期に起きただけで、すべての原因が改革にあると信じるのは、あたかも、地球温暖化が小泉改革のせいで起きたと言っているのと同じメンタリティである。そんな愚かな議論から一日も早く脱却すること――それが強い日本になるための第一歩だと固く信じるのである。



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